『エレファント・マン』や『ツインピークス』で有名なデヴィッド・リンチ。
彼の長編デビュー作にして、最高傑作との名高い『イレイザーヘッド』を観ました!
早稲田松竹開催の、デヴィッド・リンチ特集で観てきました。
同時上映は『エレファント・マン』
こちらは非常にわかりやすく、泣ける作品でした。
それに対して、この『イレイザーヘッド』は全く意味不明。
モノクロで、映画全体も暗く湿っぽく、登場人物たちも奇怪な人ばかり。
ストーリもよくわからず、赤ちゃんはものすごくグロテスク。
ところが、映画評論家・町山智浩さんの本を読んだら、あっさり全貌が理解できました。
この映画を一言で表すと、
「父親になることへの反発と、生まれてくる生命への恐怖」
を描いた作品です。
公開当時、1週目の観客はたった25人。
その翌週は、24人。
しかし、驚くなかれ。
24人全員が、その前の週に観た人だったそうです。
「よくわからないけど、もう1回観てみたい!」
そんな、不思議な気持ちが湧いてきます。
難解ながらも、デヴィッド・リンチ監督の最高傑作と言われる、
映画『イレイザーヘッド』をご紹介します。
『イレイザーヘッド』の簡単なあらすじ
この作品は、全編通してモノクロです。
監督曰く、カラーで描くにはグロテスクすぎるため、モノクロにしたそうです。
タイトル「イレイザーヘッド」
イレイザー=消しゴム
イレザーヘッドとは、鉛筆の消しゴム部分のことを指します。
映画の最初のイメージは、
男の頭部が地面でバウンドしていて、それを少年が拾って鉛筆工場へ持っていく
ー『〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』町山智浩より
というものだったそうです。
そんな、イレイザーヘッドのような頭をした主人公ヘンリー・スペンサー。
彼は、工場に勤める印刷工。
この工業地帯は、監督自身が住んでいたフィラデルフィアをイメージしているそうです。
彼は、髪こそ強そうに逆立っていますが、
弱々しく、意思のはっきりしない男です。
ある日、恋人から「赤ちゃんができた」と告げられます。
ヘンリーは意を決して結婚し、奥さんと、生まれてきた赤ちゃんと一緒に暮らすことにします。
生まれてきたのは、奇形の赤ちゃん。
手足がなく、胴体は包帯で巻かれています。
顔も、人間の赤ちゃんには見えません。
(ものすごくリアルで、生きているように見えるこの赤ちゃん。
牛の胎児という噂もありますが、その正体について、監督は一貫して黙秘を貫いています・・・)
絶えず泣きわめく赤ちゃんに耐えきれず、とうとう奥さんは家出をします。
赤ちゃんと2人っきりになったヘンリーは、
慣れない子育てと、父親になることへの反発から、だんだんと気が狂ってきます。
夢と現実の境がなくなっていきます。
ストレスに耐えかねた彼は、ついに赤ちゃんの包帯を剥ぎます。
包帯の下には皮膚などなく、内臓がむき出し。
ヘンリーは、持っていたハサミで内臓を刺し、泣きわめく赤ちゃんを殺してしまいます。
最後、彼はたびたび夢に出てきた謎の女性と抱き合って、映画は終わります。
『イレイザーヘッド』の解説と批評
『イレイザーヘッド』完成までの経緯
この映画は、デヴィッド・リンチ監督自身の体験がベースにあります。
彼は、貧しいながら、油絵を学ぶためにフィラデルフィアのアートスクールに通います。
その後、撮り始めた短編映画が認められ、AFI(アメリカ・フィルム・インスティテュート)より、映画製作の資金を援助してもらえることに。
この資金を元手に、彼は長編映画『イレイザーヘッド』を撮り始めるのです。
時を同じくして、彼の恋人が妊娠します。
この時、リンチは若干21歳。
彼の周りの人の証言によると、リンチは決して子供の出産を歓迎していなかったそう。
なにせ、まだ夢と希望に溢れる21歳なのですから・・・
子供ができたリンチは、家族とともにロサンゼルスに引っ越し、本格的に映画製作を開始します。
しかし、すぐに資金は尽きてしまいます。
生活費を稼ぐため、昼は外で働き、夜は映画製作という日々が続きます。
そのような生活は、映画の完成まで4年も続きます。
しびれを切らした奥さんは、途中で出て行ってしまうのでした。
・突然、自分に子供ができたことへの恐怖心
・いきなり父親になってしまったことへの反発
・奥さんが家出をしてしまう寂しさ
主人公ヘンリーの身に起こったことは、そのまま自分自身に起こったことなのでした。
完成まで4年もかかりましたが、監督自身は、
「誰の口出しもなく、自分がやりたいように作れた完璧な作品だ」
といっているそうです。
父親になることへの反発と、生まれてくる生命への恐怖心
繰り返しになりますが、この映画はリンチ自身の、
「父親になることへの反発と、生まれてくれる生命に対する恐怖心」を表しています。
主人公は、意思の弱い男です。
恋人の妊娠をきっかけに、望んでいないのに父親になってしまいます。
生まれてきた赤ちゃんのせいで、奥さんは去ってしまいます。
同じアパートには、綺麗な女性が住んでいます。
彼女を陰からこっそり覗いて、ヘンリーは嘆きます。
結婚してしまった自分には、もはや何もできません。
映画の最中、ずっと耳鳴りのような、不穏な音が流れています。
これは、監督自身が街中で集めてきた音だそうです。
主人公の中にある、得体の知れない不安を表しているようです。
ヘンリーは、自分の身に起こった現実を受け入れることができず、
だんだんと、夢と現実が入り混じってきます。
「どこからが夢で、どこからが現実か?」
主人公だけでなく、観ている観客にもわかりません。
「子供さえ生まれなければ・・・父親にならなければ・・・」
その怒りが、とうとう赤ちゃんに向かってしまいます。
映画の最後、ヘンリーは彼は肌にクレーターのある女性と抱き合います。
彼女は歌います。
"In heaven, everything is fine(天国では、全て大丈夫)."
気が狂ってしまった、ヘンリーのその後を暗示しています。
意味をわかってみると、
若くして父親になってしまった男の苦悩と恐怖と葛藤が、ひしひしと伝わってきます。
監督の意図なのか、
・映画を通して流れる不穏な音
・現実と夢の境がわからない演出
によって、観ている人も、ヘンリーの苦悩を疑似体験しているような気持ちになります。
『イレイザーヘッド』に一言!
正直、観るのにちょっと覚悟のいる映画でした。
映画の内容は、ただ観ただけではサッパリわかりません。
登場人物たちは、何だかちょっと奇妙。
赤ちゃんは、ものすごくグロテスク。
背景で流れる音が、なんだか不穏な気持ちにさせます。
それでも、観ている人を惹きつける何かがあります。
観た後に、色々と考えたくなる映画です。
もしかしたら、主人公ヘンリーが感じたことは、
大小の違いはあれど、誰もが密かに抱いている感情なのかもしれません。
いろんなシーンが、はっきりと頭の中に焼きついています。
間違いなく、もう一度観たくなります。
噛めば噛むほど、美味しくなるガムのような映画でした。
デヴィッド・リンチ監督の、デビュー作にして最高傑作。
『イレイザーヘッド』を、ぜひ一度観てみてください!
本作品は、下記U-NEXTより視聴できます。
映画の詳細な解説には、町山智浩さんのこちらの本をぜひ!
併せて読みたい!
本作品と近い時期(1970〜80年代)の映画について書いた記事はこちら⬇︎