学校で優等生だった人は、社会に出たら大活躍できないという。
なぜ、優等生は社会に出ると活躍できないのか?
日本と海外のデュアルライフを実現し、ノマドワーカーの先駆けである本田直之さんの著書から考えてみた。
日本の学校教育は従順さを育む
日本の学校教育は、正解主義だ。
学生時代にその枠内で活躍していた人ほど、学校教育で備わった従順さの罠から抜け出せないでいる印象があります。
先生が言ったことが正解だという感覚では、社会に出た後、いろいろな意見を受け入れる柔軟さを失いやすく、多数決で出した答えに「ノー」と言えないタイプになってしまいます。
個性よりも協調性を大事にしていく
その結果、優等生たちは個性よりも、周りの大多数の「正解」に合わせた生き方をするようになっていく、
多くの学校は協調性のある“従順な授業員”を育てることを得意としています。
先生の言っていることが正しく、評価されるのは素直に言うことを聞く生徒。
そういう環境で育った人は、自然と個性より協調性を大事だと思うようになります。
そして、人の作ったルールを受け入れて、合わせることができるようになるのです。
正反対の海外の教育事情
では、海外に目を向けてみるとどうか。
海外の教育の現場を見てみて「いいな」と思うのは、生徒たちが先生の言っていることを真に受けず、「先生も間違う」「別の見方がある」という前提に立って議論をする文化が根付いている点です。
ある立場に立って意見を主張するディベートの授業もあり、自分から何かを発信する教育が行われています。
どんな意見でも「素晴らしい!」という先生
アメリカの授業で鮮烈な印象を受けた場面がある。
あるとき、学校の授業でうちの母が話す機会があった。
話を終えた母に対して、「質問はありますか?」という先生。
日本人が珍しいからか、生徒たちからは挙手の嵐。
「青って、日本語で何ていうの?!」
「じゃあ太陽は??」
どんな発言に対しても、先生は言う。
“Good question!!(素晴らしい質問ね!)”
「そんなくだらないことでも発言していいのか!」と、当時の僕には衝撃だった。
起業し成功した落ちこぼれ同級生たち
アメリカ時代の親友サム
アメリカに住んでいた時、サムという親友がいた。
彼は、勉強が大の苦手だった。
落ち着きのない彼は、今となってはADHDだったのではないかと思う。
案の定、彼は大学をドロップアウトした。
しかし、 その後友人を巻き込んで起業し、大成功。
Facebookの友達は4000人近くおり、今ではアメリカ中で講演をしている。
授業に来なくなって起業した東大の同級生
大学の友達でも、突然学校に来なくなり、気づいたら起業してた奴がいる。
一人は、学校の勉強よりプログラミングに面白さを見出してしまい、独学で身につけたスキルで今ではフリーランスとして食べている。
一人は、全く学校に来ない伝説の先輩だったが、あるとき聞くと彼はIT企業を立ち上げ食うに困らなくなっていた。
共通するのは、自分の基準で生きていたこと
100人いれば100通りの働き方があり、100通りのライフスタイルがあって当たり前です。
周りがどう思おうと、自分にとってプラスになると思えば、何歳からの転職でも起業でも・・・躊躇するべきではありません。
常識や他人の目よりも自分の判断基準を大事にすること。
彼らは、優等生でないからこそ、 周りの当たり前には従わなかった。
自分たちがやりたいことにチャレンジして、結果を出していった。
抜け出すには「実験」をすること
僕自身、優等生だ。
どうしたら、「優等生」という枠から抜け出せるのか?
それには、小さな実験を日々積み重ねることだと言う。
仕事も、お金も、人間関係も、あえて新しいやり方、考え方を試してみることで自分にとって何が必要で、何が必要でないかが見えてくる。
人生は1つの壮大な実験です。
正解でも不正解でも、成功でも失敗でも、そこで得た経験はあなたの財産となります。
たとえば、
・満員電車をやめて、グリーン車に乗ってみる
・カバンを置いて、手ぶらで出勤してみる
・帰り道に、あえて寄ったことのない駅で降りてみる
僕自身、その結果こんな経験を得た。
・今まで行ったことのないお店に行って、たまたま話しかけた人が有名女優のマネージャーで、裏話を聞けた
・知らない人の誘いに試しにのって、普段は行かない飲み会に行ってみたら、人生の師匠と呼べる人と出会えた
とりあえず、明日は重いカバンを置いて、手ぶらで出勤することにしよう。