皆さんは、食べログカフェ部門で全国1位になったカフェ、
『クルミドコーヒー』をご存知でしょうか。
中央線の中でもっとも乗降者数の少ない西国分寺駅にあるこのカフェ。
西国分寺というと、立川近郊に住んでいた僕であっても、
用がなければ一切縁のない駅。
そんな駅に、どうして食べログ全国1位になるカフェが生まれたのか。
その秘密は、お店のオーナーである影山知明さんの著書、
『ゆっくり、いそげ』に、書かれています。
影山知明さんは、1973年生まれ。
マッキンゼー&カンパニーを経て、ベンチャーキャピタルの立ち上げに参画。
その後、2008年、35歳になる年にこのカフェをオープン。
バリバリにビジネスの世界に身を置いていた彼の経歴を見て、
マーケティングやブランディングの本かと思って読み始めましたが、
中身は全く想像を超えるものでした。
この本は、彼のビジネスマン時代、そしてカフェ経営を通して見出した、
新しい働き方の提案
の本です。
本書で特に感銘を受けた箇所を、ご紹介していきます。
届け手の存在を感じられる仕事
最初は、
仕事に人をつけるか、仕事に人をつけるか
という話。
この話の中で、「川上さんのビーフシチュー」というエピソードが紹介されます。
川上さんのビーフシチューをやめた理由
クリスマス用の新しいメニューとして、川上さんが始めたビーフシチュー。
子供の頃から大好きだった洋食屋さんの味を、クルミドコーヒーでも出したいと言う話をそのお店でした時に、なんとそのお店のオーナーが快くレシピを教えてくれたことが、ことの始まり。
なかなか思った通りにならない時には、店主がはるばる来て手伝ってくれたこともあったそうです。
すぐに人気メニューとなり、すっかりお店の定番となったそうです。
そんな中、川上さんがお店を辞めることになります。
その時に、影山さんはビーフシチューをメニューから外すことにしました。
レシピもわかっているし、お客さんからの評判もよく、売り上げに貢献していたメニューを、あっさりやめてしまったそうです。
その理由は、このビーフシチューは、川上さんだから生み出せたものだから。
店主がレシピを教えてくれたのは、川上さんが小さい頃からずっとそのお店に通っていたから。
お店に駆けつけて手伝ってくれたのも、川上さんのお願いだったから。
単なるビーフシチューでなく、
「川上さんのビーフシチュー」なのです。
仕事に人をつけるか、人に仕事をつけるか
その時の経験を通して、影山さんはこんなことを言ってます。
クルミドコーヒーでは、どんな仕事にもそれをつくる人の「存在」が感じられるものづくりをしていきたいと思っている。
最終的にそれを受け取った人を癒し、鼓舞しうるのは、技術や知識ではなく、哲学や価値観ですらなく、それをつくり届ける人の存在だと思うからだ。
一般的な企業経営の本には、真逆のことが書いてあります。
考えてみれば当たり前ですが、
属人性の高い仕事を生み出してしまうと、その人がいなくなったら会社は回らなくなります。
だからこそ、仕事は誰がやっても「替えがきく」性質のものになってしまうのです。
そうすると、人は社会の中での存在意義を感じにくくなります。
「届け手の顔が見える仕事」が、理想論であることは影山さんも認めています。
しかし、時代は変わりつつあります。
高度経済成長期のような拡大路線から一転、系座は徐々に縮小傾向にあります。
モノも溢れ、価格競争も行き着くところまでいってしまい、大量消費の時代は終わりを迎えつつあります。
その流れの中にあって、「人の存在を感じる」仕事にこそ、人は価値を見出していく流れになると僕は思うのです。
「特定多数」をお客さんにするということ
クルミドコーヒーの戦い方
ここでは、大企業や個人商店と比べた時の、
クルミドコーヒーの戦い方を見ていきます。
一般的に、大企業は「不特定多数」をターゲットとします。
そこでは、支払ったお金の対価に、「性能」「サービスの質」が見合うか、が重要な要素となります。
つまり、わかりやすい単純な交換となります。
対して、地域の個人商店。
ここでは、周辺に住む顔見知り、つまり「特定少数」を対象とします。
そこでお金を払う動機は、単純な価格優位性のみならず、
「あなたのお店だから」「いつもお世話になっているから」といった、
複雑な交換が成立しうるのです。
ただし、非常にマーケットが絞られてしまうため、事業の継続が難しい可能性もあります。
では、クルミドコーヒーは、どこをお客さんとしているのか。
それは、大企業の狙う顔の見えない「不特定多数」でもなく、
個人商店のお客さんの層である顔の見える「特定少数」ではなく、
その中間にあたる、「特定多数」
ある程度お客さんの顔が見えるのと同時に、
チェーン店との競争原理の中でも、価値を感じてきてくれる人が一定層いるというレベルを目指しているそうです。
5,000人のファンがいれば、事業は成り立つ
この辺りの話を、影山さんは数字で具体的に語ってくれています。
影山さんの実感値としては、
「特定多数」は5,000人ほど
だそうです。
具体的には、下記のように言ってます。
年間の来店者数がおよそ四万人であることや、またSNS上んフォロアーの数から類推しての数字だ。
そしてこの数字が3,000人を超えた辺りから、経営の収支がようやく合うようになってきた手応えを感じた
一つのカフェを支えるには、それくらいの「ファン」を獲得できればいいということか。
ちなみに、クルミド出版という出版社を始める時も、3,000人に支持者になってもらうことを、事業を成立させるための1つの目標点としたようです。
この実感値を持って、彼はこう述べてます。
少なくとも「日本中の人々」を対象として想定してなくても、大抵の事業はきっと経済的に成り立つ
ゆっくり、いそげ
最後になりますが、改めて本書のタイトルの意味を。
影山さんの会社名「フェスティナ・レンテ」を邦訳すると「ゆっくり、いそげ」になります。
元々は、北島康介のコーチであった平井伯昌さんが、
北京オリンピック決勝の前に北島康介にかけた言葉、
勇気を持って、ゆっくり行け
が元になっているそうです。
売上・利益至上主義の資本主義の世界。
対して、そういう枠組みから離れ、ドロップアウトを許容し、あえて目指さない生き方も最近チラホラ出てきてます。
どちらも、ちょっと極端です。
どちらかに偏るのでなくて、その中間が、ちょうどよい。
スローな生き方と、ファストな生き方の中間。
だから、「ゆっくり、いそげ」なのです。
バリバリのビジネスの世界と、地域に根付いたカフェ経営の世界に生きてきた影山さんらしいタイトルですね。
お店も本当に素晴らしいので、ぜひ一度遊びに行ってみてください!
お店のブログはこちら。
この本もオススメ
本書『ゆっくり、いそげ』が好きな方には、是非えらいてんちょうの『静止力』も読んでいただきたい。
この記事ではあまり触れませんでしたが、影山さんは国分寺で地域通貨普及の活動もされており、地域の活性化にも貢献されています。
地元に根付いて、そこで名士となり、地域とともに生きていく。
『多動力』のホリエモンに真っ向から喧嘩を売っている本書にも、
近い価値観が流れています。