湊かなえに、またもやられた。
映画化もされた 『少女』を読んだ。
渾身の「イヤミス」作品だった。
- 一つの遺書から始まる物語
- 物語の語り手となる、二人の少女
- 死を知ることで、大人になりたいと願う二人
- それぞれの夏休み
- 交わる二人の夏休み
- そして、埋まる二人の溝
- そして、最後の悲劇
- 湊かなえは、裏切らない
一つの遺書から始まる物語
書き手が誰かもわからない遺書から、物語は始まる。
しかも、『遺書〈前〉』となっている。
ということは、〈後〉も当然あるのだろう。
そんな些細な疑問符を残して物語は進行する。
その遺書では、かなり象徴的な言葉が並ぶ。
子どもなんてみんな、試験管で作ればいい。
みんな平等に生まれて、平等な環境の中で生きていく。
その中で、努力や才能の差によって落ちこぼれてしまったり、他の人と差がついてしまうのは仕方がない。
自分は、周りの水準に追いつけるよう、毎日努力をした。迫害されるようになってからも。
そして、最後はこう締めくくられている。
こんなことになったのは、自分のせいではないのだから、いつか必ず解放される。
ーーーーそう信じて。
物語の語り手となる、二人の少女
物語は、2人の少女の目線が交互に入り乱れながら進行する。
主人公は、敦子と由紀。
周りの目を気にしすぎている敦子
常に周りの目が気になり、ビクビクしている敦子。
みんない嫌われないよう、周りが求めている自分を演じている。
毎晩、学校の裏書き込みサイトを覗き込み、自分のことが書かれていないことを確認しないと眠れない。
彼女はかつて剣道をやっており、日本一にもなるくらいの実力者だった。
しかし、中学の大事な大会の時に怪我をしてしまい、結果的に彼女の中学は負けてしまう。
敦子には、強豪校から推薦がきていた。
しかし、大会で負けたのは自分のせいだと周りに言われ、のこのこ一人で推薦を受けるわけにはいかなかった。
それ以降剣道をやめ、高校も普通の学校に進学した。
喜怒哀楽のない由紀
一方の由紀は、何を考えているのかわからない、無表情の女の子。
かといって、クラスで浮いているわけではない。
何かあった時に出てくるとっさの一言がうまく、それもあってクラスからはなんとなく一目置かれている女の子。
彼女も、元々剣道をやっていた。
しかし、ボケた祖母が家の中で由紀に体罰を振るうようになり、それで手を怪我してしまい、剣道の道を諦める。
それ以来、喜怒哀楽がでなくなってしまう。
そんな二人は親友同士だったのだが、あることをきっかけで溝ができてしまう。
敦子を題材にした由紀の小説が、国語の教師に盗作される。
敦子の名前自体は出てこないが、物語の冒頭だけが紹介されて、敦子は自分のことだと気づく。
由紀との間の秘密だと思っていたことを、小説の題材にされていた。
そんなところから、二人の間に微妙な距離感ができてしまう。
死を知ることで、大人になりたいと願う二人
そんな二人の中に、転校生の紫織が加わる。
彼女から、前の学校で親友の死を目の当たりにした話をされる。
それはまるで、「死」を知っている自分は、他の子とは違うのだと言っているようだった。
紫織の話を聞いて、自分も誰かの死を見て、何かを悟ってみたいと思った二人。
死を目の当たりにするため、それぞれが夏休みの間だけ、ボランティアをすることになる。
敦子は、老人ホームでボランティアを。
由紀は、死を間近に控えた子供や老人たちに、本の読み聞かせをするボランティアを。
それぞれの夏休み
敦子の夏休み
最初は乗り気でなかった老人ホームでのボランティア。
しかし、一緒に働く「おっさん」と関わるうちに、敦子の中でも少しずつ変化が出てくる。
「おっさん」は痴漢の冤罪に巻き込まれ、奥さんと離婚し子供と離れて暮らしていることを知る。
また、彼は由紀の書いた小説をたまたま持っていた。
由紀の書いた小説を、初めて全編読んだ敦子。
その小説を通して、由紀の本当の思いを知ることができた。
由紀の夏休み
由紀は、病院で二人の少年、太ったタッチーこと「肉まん」と、シュッとした昴くんと出会う。
肉まんは、由紀にお願いをする。
成功確率7%の手術を受ける予定になっている昴くん。
両親が離婚しており、長いこと父親に会えてなかった彼のために、手術前に父親を連れてきて欲しいと。
それに協力することにした由紀。
唯一名前だけを手がかりに、昴くんの父親探しに奔走する。
交わる二人の夏休み
敦子は、ある日「死の予言書」という サイトを見つける。
そこに、「おっさん」に対する匿名の殺人予告が書かれていた。
敦子は、殺人予告の書かれたその日は「おっさん」の側にいて、危険から彼を守ろうと決意する。
一方、昴くんの父親探しに翻弄していた由紀は、父親の所在をようやく見つける。
なんと、昴くんの父親は、敦子がボランティアしている老人ホームの「おっさん」だった。
手術の前日に、由紀は父親を見つけ出すことに成功した。
その日は、図らずも殺害予告で書かれていた日。
敦子も、由紀と一緒に、その親子の感動の再会に立ち会うこととなる。
無事、病室についた3人。
しかし、そこで衝撃の事実が判明する。
実は、感動の再会のために、父親を呼んでほしかったのではなかった。
昴くんは、父親の殺害計画を考えていた。
痴漢によって世間の目が厳しくなった父親に対して、母親は離婚を言い渡し、結果的に心の病になってしまう。
父親が死ぬことによって、病気になってしまった母親が治ると信じて、昴くんは抱きついた父親の背中に向かってナイフを振り下ろす・・・
だが、敦子は持ち前の俊敏性で、間一髪でそれを防ぐ。
大惨事は、免れた。
そして、埋まる二人の溝
敦子は、「おっさん」が持っていた由紀の小説の原稿を読み、由紀の意図を知る。
剣道を辞めてしまってから、自分を殺してしまった敦子。
彼女に対して、言葉では何も伝わらない。
伝えるために、小説という形をとったのだった。
お互いの間の微妙な溝が埋まった二人。
死を見ることで悟りたいとは、もう思っていない。
ようやく、物語がハッピーエンドを迎えた。
・・・・と思いきや、まだ「遺書〈後〉」が出てきてない。
そして、最後の悲劇
実は、物語の中では小さな伏線が転がっていた。
散りばめられた伏線
まず、由紀の小説を盗作した国語教師。
由紀は、彼のPCを勝手に覗き、彼の日記を見つける。
そこに、女子高生と卑猥な行為をしていることが書かれていた。
それを一緒に見た敦子は、嫌がらせのためにその女子生徒の所属する学校の裏書き込みサイトに、その子の名前とともに、悪口を投稿する。
これは、敦子がした唯一の書き込みだった。
そしてもう一人、昴くんの父親の元同僚。
昴くんの父親探しをしている間に、由紀は昴くんの父親の元同僚と出会う。
昴くんの父親についての情報提供と引き換えに、彼は由紀に対して変態チックな要求をする。
結果的に、彼氏の助けもあってその場は回避できた。
しかし、修学旅行で東京に行くときに、大好きなブランドのバックを買うためにまとまったお金が必要になった由紀は、1回だけその元同僚を利用する。
彼の変態チックな要求の一部始終を撮影しており、それをネタに10万円の示談金を要求する。
結果的に彼は示談を拒否し、由紀に訴えらえれる。
遺書の書き手の正体
なんと、その変態親父の娘が、冒頭の紫織だったのだ。
最後は、「遺書〈後〉」で終わる。
その遺書の中で、親友の自殺について言及されている。
その子は、なんと敦子のたった1回の書き込みによって迫害されるようになり、自殺したのだった。
そして、遺書の書き手は、紫織だった。
彼女の父親が変態行為をしたとして訴えられ、彼女は変態親父の娘ということで周囲から迫害を受けるようになる。
結果的に、彼女は迫害に耐えきれず、自殺する道を選ぶ。
敦子の書き込みによって、紫織の親友は自殺をする。
由紀に父親を訴えられることによって、紫織は自殺する。
しかし、彼女たちは何も知らない。
最後は、呑気に東京への修学旅行の時に買いたいブランドの話をして終わる。
湊かなえは、裏切らない
敦子と由紀との間にあったわだかまりが溶け、周りの人間も成長をし、無事終わったかのように見えたこの物語。
最後の最後で、冒頭の「遺書〈前〉」の意味がつながる。
前向きな希望を与えただけじゃ、物語は終わらなかった。
「死」を見たいと願っていた二人の少女。
「死」を見ずとも、大きく成長できた二人。
結果的に彼女たちが、二人の人物の死を招くことになる。
一見平和に終わったかに見えたこの物語。
罪を犯したからには、何か知らしらの形で罰が襲う。
少女二人には、この先一体どのような試練が待ち受けているのだろうか。