シネマヴェーラ渋谷で、「戦争と女たち」という特集をやっていました。
そこで、『ゼロの焦点』を観てきました。
松本清張さんの小説が原作の本作品。
2009年のリメイク版でなく、1961年に作られたほうです。
松本清張さんの作品であること以外、何も知らずに観に行きましたが、想像以上に面白く、引き込まれる作品でした。
サスペンスモノですが、同時にまだ戦後の空気感が残る時代を生きた、女性たちの生き様の物語です。
なお、多少のネタバレを含みますので、まだ観てない人はご注意ください!
1分でわかる『ゼロの焦点』のあらすじ
お見合い結婚してまだ1週間の新婚カップル、鵜原(うはら)憲一と禎子。
憲一は、仕事の引き継ぎのため金沢へ戻りますが、約束の日になっても東京へ帰ってきません。帰ってこないどころか、連絡もありません。
手持ち無沙汰の禎子は、家を掃除していると、憲一の棚から見覚えのない家の写真を見つけます。
連絡がないことに不安を覚えた禎子は、憲一の上司と金沢へ向かいます。
ろくな手がかりが掴めない中で、憲一の得意先を尋ねていくと、写真に写っていた家を見つけます。
そこは、憲一が懇意にしていた会社の社長・室田儀作と妻・佐知子の家でした。
しかし、そこでも有益な情報は掴めません。
同時に、憲一の過去を洗っていると、なんとその昔、立川で刑事をやっていたことが明らかになります。
そんな中、第二の事件が起こります。
金沢の旅館の一室で、憲一の兄が毒殺されてしまいます。
同じ部屋にいたのは、派手な格好をした若い女性だと、従業員は証言します。
1人で捜査を続けていく禎子は、憲一と付き合いのあった田沼久子という女性に行き着きます。
また、室田佐知子が、かつて立川で米軍相手に仕事をしており、憲一と接点があったところまで突き止めます。
しかし、その時点では、それ以上の真相を明らかにすることはできませんでした。
そして2年後。
禎子は、憲一ときちんと決別するため、再び金沢へ向かいます。
金沢にいる室田儀作と佐知子に、憲一が飛び込んだ崖へと連れていってもらいます。
そこで、衝撃の真実が明かされます・・・
冒頭から圧巻!テンポの良い見事なストーリー展開
始まって早々、夫の憲一が行方不明になります。
憲一の出演シーンはほぼありませんが、周辺人物の言葉から、彼がまじめな性格だったことがわかります。
そのことが、余計に今回の事態の深刻さを物語ります。
心配しながらも、携帯もない時代なので、禎子は待つしかありません。
手持ち無沙汰で家の中を整理していると、ひらりと写真が2枚落ちてきます。
おどろおどろしい音楽とともに、2枚の写真のアップになり、場面が変わります。
ここまで、映画開始からわずか10分!
10分で、主要人物のキャラクターがわかり、事態の深刻さがひしひし伝わってきます。
そして、謎の2枚の写真によって、「この先に何が待ち受けているのか?」と、この先の展開を想像させます・・
息つく暇もなく、無駄なシーンが1つもない「お見事!」な冒頭でした。
その時点で、完全に引き込まれてしまっています。
映画全体が、この調子です。
観終わってから、映画の時間を調べるとわずか95分。
95分の中できれいに起承転結が描かれており、息つく暇もない見事な脚本でした。
時代に流されながらも、抗う女性たち
この映画は、3人の女性を中心に回ります。
憲一の妻・禎子。
室田儀作の後妻・佐知子。
憲一の内縁の妻・田沼久子。
当時は、まだ女性の力は今ほど強くありませんでした。
戦後、日本が急激な経済発展を遂げていく中で、「妻は、夫と家族を支える存在」という色が強かった時代です。
その時代の流れの中で、流されながらも、彼女たちは意志を持って戦います。
禎子は、憲一失踪の真実を探して、はるばる金沢まで出向きます。
憲一が帰ってこないことを知ると、彼女は再び働きに出て自活します。
室田佐和子は、立川で米軍相手に水商売をやっていました。
その過去から脱却するために、教養や礼儀などを身につけ、結果的に社長夫人の地位を手に入れます。
田沼久子は、生活こそ苦しかったものの、愛する人のために、1人で仕事をしながら生活しています。
当時は、今より女性の社会的地位が低かった時代。
映画を通しても、その空気感は伝わってきます。
そんな時代にあって、自分の意思で人生を切り開こうとする彼女たちの姿勢が、とても勇ましく見えます。
1960年当時の空気感を味わえる作品
この映画が作られたのは、1961年。
1964年には東京オリンピックが控えています。
戦後の空気から脱却し、大きく経済成長を遂げようとしている時代の作品です。
その当時の空気感が伝わってくる、象徴的なポイントが2つあります。
結婚のあり方について
主人公禎子の夫は、結婚してたったの1週間で失踪します。
禎子と憲一の出会いはお見合い。
そのため、お互いの過去についても、今回の事件で初めて知ったことばかりでした。
そういったお見合い結婚が多かった時代です。
それでも、禎子は憲一のために、一生懸命駆け回ります。
まだ新幹線もまともにない時代に、電車に揺られて長い距離を移動します。
僕の感覚だと、その程度の関係性にも関わらず、ここまで献身的に夫のために行動できる禎子がすごいなと、単純に感じてしまいました。
しかし、当時はきっとそれが当たり前だったのでしょう。
当時の人にとって、「結婚とはどういうものだったのか」が、禎子を通して伝わってきました。
過去の暗い経歴の持つ重さについて
また、この物語は、人の過去が大きく関わってきます。
彼ら、彼女らは、必死にそれを隠そうとします。
過去の追求こそが、この映画の大きなテーマの一つです。
少し言い過ぎかもしれませんが、それらの過去は、今ならネタになったり、許容される気がします。
少なくとも、誰かを殺すほどのことではないです。
しかし、この当時の人々にとって、過去の傷は自分の人生を狂わせかねないもの。
それくらい、世間体だったり、経歴が大事な時代だったのかと感じました。
過去の名作を観る醍醐味
物語は最後は、断崖絶壁での謎解きシーンです。
2時間サスペンスのお決まりを作ったのは、この映画だと言われています。
そこでの、最後の日本海の波打つシーンは圧巻です。
まるで、物静かな禎子の、内面の確固たる覚悟を示しているかのようでした。
今とは違う時代の作品だからこそ、時代背景をある程度知らないと、理解できない部分もあったりします。
それが、映画の理解を少し難しくするのかもしれません。
しかし、その時代の空気感や、風潮を察して、それらを追体験できることこそが、過去の名作を観る醍醐味です。
ぜひ、この映画を通して、当時の時代を味わってください。
サスペンス作品としても傑作なので、観終わった後は満足すること間違いなしです!
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