だーまんのブログ

平成生まれ・東大卒の不動産屋。人生の先生は本と映画。面白かった本や映画、ライフハック術、不動産のこと、受験についてなど、日々思ったことを好き勝手に書いていきます。

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【書評】『ひとりでは生きられないのも芸のうち』内田樹/天職・働き方について考える

「好きなことを仕事にして、生きていく」

 

ツイッターを見てると、こういう言葉を見ない日はありません。

 

書店に行っても、「大好きなことをして成功しよう!」みたいな本のオンパレード。

 

もちろん、「好きなことを仕事にする」のは大賛成です。

「好きこそものの上手なれ」で、本人にとっても、周りにとってもきっと一番幸せな状態だと思います。

 

だけど、どうもそれだけでは済まされない妙な違和感を、僕は前々からこの言葉に感じていました。

 

「好きなことで生きていく。だから、仕事がつまらなかったら会社辞めた」

「好きなこと・天職を見つけるために、自分探しに行ってくる」

 

こう言う人の言葉が、なぜかしっくりきませんでした。

もちろん、素敵なことのはずなのに、どこか現実逃避や絵空事に思えてしまい、言葉にできないモヤモヤを抱えていました。

 

そして最近、モヤモヤしていた理由を代弁してくれる本に出会いました⬇︎

 

 

著者の内田樹さんは、こう言います。

・好きなことを仕事にすること

・自分にとってピッタリの天職を見つけること

・仕事を通して自己実現すること

という考えは、「そもそも発想のスタートから間違っている」と。

 

そういう生き方を否定しているのではありませんが、

「そこから発想を始めることは、結果的にその人と社会を不幸にする」と述べています。

 

かくいう僕も、この呪縛に囚われていました。

 

この記事では、本書『ひとりでは生きられないのも芸のうち』という本をご紹介しながら、

・好きなことを仕事にするとは?

・そもそも仕事ってなんだっけ?

ということについて、考えたことを書いていきます。

 

仕事とは。働き方とは。天職とは。

そんなことであれこれ悩んでいる人に、少しでもヒントになれば幸いです。 

 

『ひとりでは生きられないのも芸のうち』はどんな本か?

日本のフランス文学者であり、神戸女学院の名誉教授である内田樹氏。

書籍も多く、大学教授というより個人的には思想家というイメージが強い人物です。

 

彼は、「内田樹の研究室」というブログを運営してます。

そこで書いた記事を大幅に改変したのが本書『ひとりでは生きられないのも芸のうち』

 

出版は2008年ですが、2019年の今読んでも全く古くありません。

むしろ、本の中で「このままいくと日本はこうなってしまう」と懸念していたことが、現実になってしまっていると感じる箇所がたくさん。

  

本書で書かれているのは、一言でいうと下記のようなことてす。

「あまりに(非)常識的であるがゆえに、これまであまり言われないできたことだけれど、そろそろ誰かが『それ、(非)常識なんですけど』ときっぱりと言わねばまずいのではないか」

 

いつの間にか、当たり前すぎて忘れられてしまった、基本のキ。

 

たとえば、

・お金の話を人前でするのって、やっぱり少し汚くない?

・「身の程をわきまえる」ことができる人が少なくなっている

・身体に良いものを取れば健康になるというが、人間ってそんなに単純な生き物だろうか? 

という話をします。

 

ちょっと昭和チックだと思う人もいるかもしれませんが、改めて考えると、やっぱりそうだよなって話がたくさん展開されます。

 

本書は、

Ⅰ 非婚・少子化時代に

Ⅱ 働くということ

Ⅲ メディアの語り口

Ⅳ グローバル化時代のひずみ

Ⅴ 共同体の作法

Ⅵ 愛と死をめぐる考察

という6章構成になっています。

 

本記事では、特に仕事について書いてある「Ⅱ 働くということ」という章を中心に取り上げていきます。

 

「Ⅱ 働くということ」から、改めて仕事について考えてみた

ここからは、「好きなことを仕事にする」「天職とは?」ということについて、考えたことを書いていきたいと思います。

「自分のために働く」からこそ、労働の意欲がなくなる?!

まず最初に、「最近の若者は働く意欲がなくなってきている」問題について。

 

「ニート」という言葉が市民権を持ち、「仕事とかダルい」と、働きたくない若者が世に認知されてきているのは確かです。 

 

では、どうして若者の働く意欲がなくなってきているのでしょうか。

 

その問いに対して、内田樹さんは言い切ります。

「自分のために働く」からである 

 

自分のために働くから、働く意欲がなくなる。

 

これはどういうことか?

 

そもそも労働というのは、自己完結するものではありません。

労働によって生まれた成果を、受け取る誰かがいます。

逆に言えば、誰かに必要とされるからこそ、仕事になるとも言えます。

 

内田さんの言葉を借りると、

私たちの労働の意味は「私たちの労働成果を享受している他者が存在する」という事実からしか引き出すことができない

 

そんな当たり前の事実に、「自分のために働く」人は気づけません。

自分のことしか見えていないのですから。

しかし、「自分のため」というモチベーションは、長く持続しないものです。

最初の数年は「あの人よりは自分の方が高級だ」とか「自分の仕事のほうが高い評価を得ている」というような同族間の比較がモチベーションを維持するかもしれない。

だが、そのようなものはいずれどこかで消えてしまう。

そのあとの長い時間は自分自身で自分の労働に意味を与えなければならない。

 ある時ふと、「自分は何のためにこんな仕事をやっているのだろうか?」ということを考えてしまうのです。

 

当たり前の話ですが、仕事の受け手からすると、あなたが「社内の誰々より仕事ができる」ということには、一切興味がありません。

それよりも、満足する対価を得ることができたかどうか。

それしか関心がありません。

 

ここで、Mr.Childrenの『彩』という曲の歌詞が浮かびます。

僕のした単純作業が

この世界を回り回って

まだ出会ったこともない人の

笑い声を作ってゆく

そんな些細な生き甲斐が

日常に彩りを加える

 

ーMr. Children『彩』より

 

つまり、仕事ってそういうことなのです。

 

人は、承認されたい、認められたい生き物です。

自分が行った何かが、他の誰かに喜ばれた時、そこに喜びを感じることが出来ます。

人は、他者の承認によって、自己の存在意義を見出す生き物なのです。

天職とか考える前に、「労働は国民の義務である」という当たり前の話

自分のために働くという入り口から入る人は、どこかで働く意欲を失ってしまう可能性があります。

 

では、「人のために働きたい。」

そして、

「どうせ人のために働くのなら、自分の好きなことを仕事にしたい」

と思いながらも、

「だけど、自分が何をしたいのか、何が得意なのか分からない」

 そういう人はどうすればいいのでしょうか。

 

内田さんは言います。 

「働きたいのに」なかなか仕事に就けない若者は「自分に向いた仕事」という条件に呪縛されているように思われる

まだ仕事をしたことのない若者が、初めて就活する時点で、最初から自分の天職に巡り会える可能性はかなり低いでしょう。

 

「どこかに自分の天職がある」から発想を始めることが間違いだと言います。

「適性に合った仕事をどうやって見つけるか」という問いを立てたことがそもそも「ボタンの掛け違い」だったのである。

問いはそのようにでなく、「適性のない仕事に対するモチベーションをどうやって維持するか」というふうに立てられなければならない。

だって、仕事というのは、そもそもそういうものなんだから。

これはどういうことか? 内田さんは続けます。

就業機会に恵まれないとかこつ人々は、おそらく仕事を「自己表現」のようなものだと考えている。

しかし、残念ながら、労働は自己表現でもないし、芸術的創造でもない。

とりあえず労働は義務である。

 

そう、大前提として、労働は国民の義務なのである。

つまり、

「とにかく黙って働け」というのが世の決まりなのである。

それに対して文句をいう人もいるでしょう。

しかし、内田さんは言います。

なぜなら、人間はなぜ労働するのかということの意味は労働を通じてしか理解されないからである。

先ほどの話に戻ります。 

仕事は、それを享受する誰かがいて初めて成立する以上、仕事をしなければその喜びを味わうことはできません。

そして、さらにいうならば、

能力や適性は仕事の「前」にあるのでなく「後」に発見される。

とりあえず何事もやってみなければ分かりません。

 

ここで、内田さんは作家のことを例に挙げています。

作家と名乗る人が、「作品はこれから書くつもり・・・」というのは、おかしな話です。

作品を世に出してみないと、作家としてふさわしいのかどうかは誰も分かりません。

 

そのため、 

「いいから、まずなんか仕事をしてみなよ」と私たちは若者たちに告げねばならない。

「それを見て、君がどの程度の人間だか判定するから」 

だから、あれこれ考える前に、とりあえず仕事をしてみようという話になるのです。

  

成功者にインタビューしたところ、自身が成功する前に、これで成功しようと思ったことでそのまま成功した人は、ほんの数パーセントという話があります。

ほとんどの人は、何かをやっていく中で、たまたま天職を見つけて成功しているのです。

 

だから、適性云々、やりがい云々、悩む前に、

「とりあえず黙って働け」なのです。

仕事を「自己実現」として捉える人の不幸

また、仕事を「自己実現の手段である」「クリエイティブなものである」と考える人も、同様に不幸になると内田さんは言います。

 

それはなぜか?

 

仕事を「創造的なもの」「自己実現」と捉えた途端に、そうでない仕事に対して、「苦痛」を感じるようになるからです。

 

だけど、現実的には、仕事はつまらないことも多いものです。

全てがクリエイティブな仕事の人って、かなりレアなのではないでしょうか。

だから、「仕事って、そもそもつまらないことの方が多い」って割り切れている人は、変な期待値がないから強いです。

   

これは、「結婚=幸せ」と思っている人も同じですね。

結婚している友人に聞くと、結婚はただのスタートに過ぎないと言います。

結婚したら全てがうまくいくと思っていると、、結婚生活という現実でやられてしまうのと同じです。

 

少し前の日本では、結婚するまで相手と会わないことも多かったそうです。

それなのに、幸せな家庭はたくさんあります。

それは、そもそもの期待値が低かったから。

 何も期待がないところから始まれば、ちょっとしたことでも喜びを感じることができます。

 

身の程をわきまえるじゃないですが、うまく折り合いをつける能力って、社会人になるとけっこう大事だなって思います。

 

仕事で悩んだら、一度立ち止まって考えてみよう

色々言ってきましたが、もちろん、好きなことを仕事にして生きていけたら最高です。

僕もそう出来るように色々動いてますし、その方が人は幸せになれるとも思います。

 

だけど、誰もがすぐにそうなれるわけじゃありません。

とりあえず、生きていくためには働かないといけません。

 

夢ばかり追うのではなく、現実も同時に見ないといけません。

 

労働が義務である以上、それは一生付き合っていかないといけないことです。

その事実から目をそらすよりも、とりあえずうまく折り合いをつける方法を学ぶ方が、よっぽど心身的に優しいです。

 

その上で、色々やりたいのならば、チャレンジしていけばいいと思います。

  

あれこれ考えちゃったら、この基本に立ち返って、とりあえず黙って仕事をする。

その方が、よっぽど健全だと思います。

だって、生きていくには、(少なくとも資産家で仕事をする必要がないくらいのお金があるとかでないならば)仕事をしなくてはならないのですから。

 

考えすぎて前が見えなくなった時に、この本は基本に立ち返らせてくれます。  

併せて読みたい!

同じく内田樹さんによる著書です。

疲れすぎて眠れない夜に読みたい1冊です。 

「人は働くために生きているのではない」と言い切る作家森博嗣。

本書とはまた違った切り口の仕事論。