5年ぶりくらいに、伊坂幸太郎さんの小説を読みました。
昔はかなりの大ファンで、デビュー作の『オーデュボンの祈り』に始まり、ほぼ全ての小説を読んでいました。
しかし、『あるキング』『SOSの猿』あたりからなんとなく作風が変わったように感じ、面白さが理解できなくなってしまいました。
時を同じくして社会人になり忙しくなってきたので、それからパッタリ読まなくなってしまっていました。
それが、先日ふと、なぜかまたあの懐かしいシニカルな文章が懐かしくなり、 ブックオフで手に取ってみました。
それが、『マリアービートル』という1冊。
本の解説にあった一言が、まさにこの小説を表していました。
伊坂幸太郎は、悪に立ち向かう作家である
この言葉の通り、物語では圧倒的な悪が登場します。
しかも、なんと中学生。
大人の殺し屋が続々と登場する中で、それ以上の存在感を放つ王子(おうじ)という少年。
色々と要素は絡み合いますが、一言でまとめると、この中学生と戦う物語です。
それでは、久しぶりに読んだ伊坂幸太郎作品をご紹介します!
『マリアビートル』の簡単なあらすじ
最初から最後まで、新幹線の中で展開される物語。
どうやら、殺し屋の物語である『グラス・ホッパー』の続編とのこと。
(ただ、読んだのがもう10年以上前になるので、ほとんど覚えてません)
東京から盛岡に向けて出発する新幹線に、それぞれの思惑を持った人物たちが乗り込んでいきます。
・トランクを盗んで、次の上野駅で降りるという仕事の依頼を受けた天道虫(てんとうむし)
・息子を殺されかけ、その復讐のために乗り込む木村
・木村に命を狙われている中学生の王子
・依頼主のトランクと息子を運ぶという指令を受けている檸檬(れもん)と蜜柑(みかん)
4者を乗せた新幹線は、静かに東京駅を出発します。
王子を殺そうとやってきた木村は、その策略がすでにバレてあっさり王子に捕まってしまいます。
檸檬と蜜柑は依頼主の息子とトランクを運ぶのが仕事ですが、そのトランクは天道虫にあっさり盗まれてしまいます。
そして、二人が席を立っている隙に、その息子もまた何者かに殺されてしまいます。
トランクを難なく盗んだ天道虫は次の上野駅で降りようとしますが、まさかの降りる瞬間に天敵と遭遇してしまい、そのまま乗り続ける羽目に。
もう最初から、訳がわかりません。
少しずつ明らかになっていくキャラクターたちの素顔と、裏側で繋がってくる糸。
新幹線が加速するように、物語はだんだんとヒートアップしていきます。
『マリアビートル』の感想!
この小説を読んで感じたことをつらつら書いていきます。
一気に読んでしまったが、かつての伊坂節はちょっと控えめか?
途中から先が気になって、一気に読んでしまいました。
特に、彼ら四者が入り乱れながら、それぞれの思惑で仕掛けあいを始めたあたりから。
エンターテイメント作品としては、一級品でした。
ただし。
僕が伊坂幸太郎に対して抱いている期待値が高すぎるのか、かつての”伊坂節”のようなものは、ちょっと弱かったか?と思ってしまいました。
たとえば、『砂漠』での、たった1年間の出来事だと思ってたことが、実は全く違っていたという驚き。
たとえば、『アヒルと鴨のコインロッカー』での、まさかの大どんでん返し。
そういうのがちょっと弱かったかなーと感じてしまいました。
ただ、物語がつまらなかったわけではありません。
グイグイ読ませる物語構成はさすがでした。
新幹線という密室空間で完結する物語
この物語の1つ大きな特徴は、最初から最後まで新幹線の中で物語が進むこと。
東京発ー盛岡着の新幹線の中だけで、よくこれだけの物語が作れるなと。
実は、この新幹線、あんまり人が乗っていないのです。
それは小説だから起こる幸運だと思ってましたが、ちゃんとそれにも納得できる理由があったのです。
列車という狭い密室空間を舞台とする物語だと、アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』を彷彿とさせますね。
列車内という究極の制約が、物語にスリリングさと緊迫感を持たせています。
少しずつ全貌が見えてくるユニークなキャラたち
伊坂幸太郎の小説の大きな読みどころは、ユニークなキャラクターたちでしょう。
たとえば、主人公的な位置付けの、どこまでも運のない天道虫。
このシニカルなキャラは、まさに伊坂節といった感じ。
東京駅から乗車した彼は、トランクを盗んで上野駅で降りるというものすごく単純な任務をこなすはずが、見事に上野駅で降りられず。
次の駅でも降りれず、結局終点の盛岡まで行ってしまう羽目になるのです。
どこまでも運のない、どうしようもないキャラクターだなーと思っていると、物語が少し進んだところで、実は彼がけっこう強いということが分かってきます。
この、良い意味での裏切られた感は、爽快です。
また、王子に息子を殺されかけた木村のおじちゃんもしかり。
もう彼はダメダメなのです。
王子に復讐しようとやってくるのですが、王子に手の内を読まれており、あっさり捕まってしまいます。
彼こそは同情の余地のないおじさんだと思っていたのですが、物語の中盤から、彼の違う一面が露わになってきます。
こうだと思っていた登場人物たちが、途中から見せてくる別の顔。
「そうきたか!」という良い意味での裏切られた感。
伊坂幸太郎の、人物の描きこみの丁寧さゆえですね。
異彩を放つ王子という存在
この物語の中で、一際存在感を放つのが「王子」というキャラ。
彼だけは、キャラクター像が最初から最後まで変わりません。
中学生でありながら、この物語に出てくる誰よりもタチが悪い。
久しぶりに、胸糞悪くなるキャラでした。笑
物語の中で、圧倒的に強いのです。
腕力が強いとかそういうのではなく、ゲームで言うところの「チート」です。
まず、なぜか圧倒的に強運。
不利な局面になっても、なぜか天が彼の味方をします。
頭の回転はピカイチながら、外見はあくまであどけない中学生。
初対面の相手は油断するので、そもそも最初から有利なわけです。
彼は、全てが意のままです。
途中、何人か、彼の正体を暴こうとする人も出てきますが、ことごとく散ってしまいます。
もう読みながら、こちら側の無力感たるや。
ただ、彼が強ければ強いほど、悪であればあるほど、それがひっくり返った時の反動は大きいです。
読みながら、どんどんそのゲージが溜まっていくようでした。
結局どうなるかは読んだ時のお楽しみとして、王子が活躍すればするほど、物語の吸引力が高まります。
悪は、悪のままで終わって欲しくないですからね。
結果的に、どんどん読むのをやめられなくなっていきました。
5年ぶりに読んだ伊坂作品に感じたこと
一気に読ませる物語の面白さと、ニヤッとさせてくれるシニカルなキャラクターたちはさすがという感想。
ただ、僕が期待していた、かつてのワクワク感はちょっと影を潜めてしまったかな?という印象でした。
僕はたまたまデビュー作『オーデュボンの祈り』から入っているのですが、あの作品の圧倒的な世界観と、シニカルな文体と、ユニークなキャラクターと。
言葉に言い尽くせないくらい、久々に感動したのを覚えています。
同じ小説はなかなか2回読まない僕ですが、珍しく2回目読んでしまいました。
そのほか、『ラッシュライフ』、『死神の精度』、『チルドレン』、『陽気なギャングが〜』等の作品にあった、読み終わった後のなんとも言えない幸福感。
伊坂幸太郎らしさだと思っていたそれらの特徴が影を潜め、かわりにエンターテイメント作家としての腕に磨きがかかったような。
ちょっとひねくれていたのが好きだったのに、良くも悪くも王道作家になってしまったようにも感じました。
ただ、たった1作でそうと決めつけるのはあんまりなので、最近の他の作品も読んでみます。
まぁなんやかんやと色々言いましたが、物語の面白さで読者を引き込む力は相変わらず健在です。
ぜひ、『マリアビートル』を読んでみてください!
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